2009/12/24

今年も独りぼっちのクリスマス・イヴ

 終日外来もそろそろ終了、このまま行けば定時には帰路につけるだろう。

 去年に続き、今年も「独りぼっちのクリスマス・イヴ」、去年のブログを見ると「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう」という名曲が思い浮かぶ雰囲気だった様だが、今年は既に雪がしっかり降っているせいか、パッと脳裏に浮かんだのは、浜田省吾の「独りぼっちのクリスマス・イヴ」(多分1989年の「Wasted Tears」収録)。

 別にこの曲に特別な思い出がある訳では無く、20年も経っているのに「独りぼっちのクリスマス・イヴ、凍えそうなサイレント・ナイト、ここからどこへ行こう、もう何も見えない空の下」という歌詞がスッと出てきたのには、自分でも驚いた。

 去年はスーパーで売れ残りのアイスなんかを買ったみたいだが、今年もそのパターンで適当に散財し、夜は久々に浜田省吾のCDでも聴く事にしよう。ちょっと暗すぎるか(笑)?

 ※結局いつもの生協で、チキンと地物の「スルメイカの握り(絶品!)など色々買って帰宅。すると思ってもいなかったクリスマス・プレゼントが・・。 それはWOWOWでやっていた、ミスチルのドームツアー(ライヴ?)。始まって数曲目の「Worlds End」では、思わず少し涙ぐんでしまった。

 ミスチルは本当に凄い。出来れば今回、NTTのCMで一部だけが流れる「365日」を聴きたいものだ(最後にちゃんとやってくれた)。

Gotiso  Mr_sakurai

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2009/12/23

日本辺境論/内田樹 新潮新書

 出てすぐ買い、そのまま読了したのだが、なかなか感想を書けなかった。

 氏のブログは非常に簡潔に書かれていて読みやすいのだが、著書になると急に読み手にかなりの教養を要求する部分が増え、私の様に教養主義の流れにも乗れず、サブカルに精通出来なかった中途半端な人間には、結構しんどく感じられる。

 例えば、6頁でいきなりギリシャ神話の「シシュフォスの労役」(勿論カミュの著作の一部として)が例えとして使われているし、9頁の「フラクタルの様に・・・同一のパターンを以て回帰しますから」」という表現に、スッと付いていくのは、かなり厳しい。

 まあ彼の著作の多くは、そういう所をすっ飛ばして読んでも、大まかな意味は拾える様になっているので、ベストセラーになるのだろうが、本作に関していえば、あちこちに飛んだ話が、そこで膨み過ぎてしまい、時々元の話を見失う様な点(私だけか?)が、気になった。

 語彙が乏しくて上手く表現が出来ないが、あらゆる枝に実が付きすぎた林檎の木みたいとでも言っておこう。

 個人的に一番同意出来たのは、「虎の威を借る狐」の話。特に、「借り物の知識を二者択一でしか処理できない知性は、遂に自分自身の意見を持つ事は無い」というあたりと「水戸黄門はなぜ自分で印籠を出さないか」という部分だろう。

 社会人である以上、私自身も、時々妙に居丈高でネゴシエーション出来ない人間に遭遇する。氏が書いた「自説を形成するに至った自己史的経緯を語れる人だけがネゴシエーション出来る」とか、

 「常に自分が上位者である様に振る舞う人間は、そうする事によって「自らの判断が誤っていない事を示そうとしているに過ぎない」という辺りを読むと、何だか妙に納得した。

  もう少し「脳力(のうぢから)が欲しいけど、多分無理だろうな。

Henkyo_utida

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2009/12/22

 少々疲れ気味かも

 ここ最近、寒い日が続き、予算の関係か、さっぱり除雪が入らない道路は路面状況も最悪。ただ通勤するだけですっかり疲れてしまい、南の方へ移住したい気持ちになったりする。

 買い物を終えて何とか帰宅、ソファに転がってウトウトしてたら、ドラエモンが夢に出てきた。

 彼が手に持ってるのは「人生リセットボタン」、すぐ正気に戻ったので、あまりハッキリ覚えてないが、それを押せばある時点まで遡って人生をリセット出来るが、リセットポイントは指定できない、という説明だけはリアルに記憶している。

 勿論そのボタンを押そうとは思わなかったが、そういう夢?を見る自分の深層心理が、ちょっと気になった。

 まあクリスマスも近いというのに、独り寂しくやけに広い部屋に転がってるのが、良くないのだろうが、こればっかりは仕方ない。

 気を取り直して、しっかり力のつく夕食を作って完食!年内に済ませておくべきdutyでもやろうかと思う。

 もう一度人生をやり直すというのは、誰でも考える事だろうけど、私の様な人間は、何度やり直した所で、結局は迷ってしまう様な気がする。

 そう言えば、中学生の頃読んだ「トニオ・クレーゲル」にも、そんな記述があったなぁ。

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2009/12/20

ウォール街のモンスターは未だ健在?

 さっきからNHKスペシャル マネー資本主義「ウォール街の“モンスター”」を半ば呆れながら観ている。

 あらゆる物(特に債権)を証券化し、金融業界の内情に疎い顧客(というよりカモ)に売りつけ、膨大な利ざやを得れば一丁上がり。後は野となれ山となれで、自分たちは知らん顔。さらにタックスヘブンと言われる小さな国を利用して、納税や国の監査を逃れていたというから徹底している。
 
 こうしたカモの中に日本の年金基金や保険会社も含まれていたそうだから、腹立たしい限りだが、そもそも年金や退職金の成り立ちは、雇用主が従業員の給与の一部を留保し、それを積み立てる事で成り立つ、経済成長を前提とした仕組みであり、低金利時代においては、リスクを取らざるを得ないのかもしれないが。

 まあアメリカ政府も、世界大恐慌という過去の苦い教訓から制定されたグラス・スティーガル法(商業銀行と投資銀行の業務を厳密に分ける法律)を骨抜き~廃止してしまった訳だから、ウォール街だけでなく、国全体が、金融工学という妖怪に取り憑かれてしまったのだろう。

 
 当然こんな事がいつまでも続く筈はなく、低所得者(というか本来正規の住宅ローンの審査を通らない人たち)を対象としたサブプライムローンの膨張+破綻を契機に、世界中に大規模な金融危機が起きてしまった訳だが、リーマンやベアスターンズが破綻した後も
同様にビジネスを続ける破綻を免れた投資銀行やヘッジ・ファンドには、まだまだ依頼が沢山あるそうだ。
 
 さらに政治家の中には、「アメリカが規制を強めるとマネーの中心が香港など海外の都市へ移動してしまう」という理由で規制に反対する者も少なくないそうだから、今後も同様の過ちが繰り返される可能性もあるのだろう。

 番組の最後に出てきた元投資銀行勤務の男性は、かつて1人で100億円/年もの売り上げを誇っていたそうだが、今は1個60円の牡蠣の養殖をしながら生活しているという。

 彼の最後の言葉「誰でも振り返れば『どうしてこうなっちゃったんだろう?』って思うけど、その渦中にいる時に気付くのは難しいよね。」というのが印象的だった。

 人間である以上、誰にでも様々な欲望があるし、それをすべて管理するなんて無理な話だが、実体の曖昧な物を売りさばいて、プールの付いた数億円の家に住み、チャーター機で移動し、高価な衣服や装飾品で自分を飾り立てる様な生活を続けるのは、やはり間違ってると思う。

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2009/12/19

今日の内田ブログに

 「普天間基地の問題は先送りも一つの選択肢」という記述があり、その最後は、私の座右の銘である「人生万事塞翁が馬」のエピソードで締められていた。

 氏が述べている様に、私も最近のメディアはおしなべて短絡的に過ぎる様に思うのだが、それが「視聴率を取るために目先をくるくる変える」といった恣意的なものなのか、「すべてのイベントは歴史という時間軸の中で起こり、その評価が定まるには多大な時間を要する」という当たり前の事を理解していない欠落なのかが判然としない。

 特にワイドショー的な番組では、いかにも軽いコメンテーターが正義漢ぶって、批判をまくし立てるが、その切り口は、結局芸能界ネタを扱うのと殆ど変わらないレベルの様な気がする。

 昔の大学生は、は誰も聴いてない、テキスト棒読みの講義をする教官を「点けっぱなしのテレビ」と揶揄したものだが、今や大多数のテレビ番組が「点けっぱなしにされる事で、その場の空気を和ませる」だけの役割しか果たしていないんじゃないかなぁ。

 私の場合、自宅にテレビが来てからもうすぐ50年!さすがにもうテレビの時代じゃないのかも

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