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2009年3月

No Pussyfooting/Fripp & Eno(再発2枚組)

 以前ここで取り上げ、「入手困難」と紹介したこのアルバムだが、昨年2枚組で再発され、少し置いてそれに気づいた私も一応購入しておいた。

 しかしiPodで聴くとエッジが立ちすぎているせいか、徐々に苦しくなってくる為、しばらく聴かずに過ごしていた。

 しかし良く考えれば、「Ambient」は隙間、空間の音楽であり、音源と耳がある程度離れていないと辛くなるのはむしろ当然なのだろう。

 という訳で、仕事から戻り、生ラム+たっぷりの野菜(モヤシ、タマネギ、キャベツで作ったジンギスカンをご飯、みそ汁と共に完食してから、オーディオセットでゆったり聴いている・・・。

 最後にオリジナルアナログ盤を聴いてから随分経つが、リマスターで音がクリアになり過ぎ、聴き疲れに近い感覚を感じてしまう。勿論心地よさもあるのだけど、アナログ盤の様に「自分が音に包まれる」のは難しそうだ。聴き比べが出来ないのが本当に残念だなぁ。

No_pussy2

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Passengers/Gary Burton Quartet with Ebarhard Weber/ECM1092

 30年近く前からアナログで良く聴いたアルバム、最近無性に聴きたくなり円高という追い風を受けてCDを購入。

 今改めてタイトルを見直してみると「 Gary Burton Quartet with Ebarhard Weber」となってる訳だが、雰囲気的にはPat Metheny Group withGary Burtonという感じがする。まあEbarhard Weberはほぼ同時期にレコーディングされたPatの「Water colours」(ECM1097)でベースを弾いてるせいもあるのだろうけど。

 6曲中3曲がPatの作品、当時23才の彼がいかに凄い存在であったかを改めて痛感するが、Ebarhardの「Yellow Fields」も入ってたりして、ECMファンには楽しめる内容だと思う。

 個人的には昔から「Whopper」が大好きで、早速iPodに入れて頻繁に聴いている。

 実際に道東あたりで見かけそうな道路標識のジャケットも秀逸な本作、人生に疲れた時には良いかも(笑)。

Pass

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マルヤマ クラス(maruyama class)

 当直明けの週末。土曜の午後から札幌に移動し、画像関連の研究会に出席、札幌の家で一泊し、夕方戻ってきた。

 今回ちょっと覗いてきたのが、旧メルパルク(その前は郵便貯金会館)跡に出来た複合施設「マルヤマ クラス」

 円山市場、フードセンター、東急ストアの他、個性的な小規模店舗が集まる円山地区に初めて出来たショッピング中心の施設で、地下鉄駅に直結した建物には、ダイエー、スタバ、もりもと、ABCマート、なにわ書房の他、音楽教室やスポーツジム、飲食店街などが入っている。

 テレビなどではかなり大きく取り上げられていたし、今日も人は沢山来ていたが、確かにある程度の集客は期待出来るものの、長期的には厳しいのではないか?という印象だった。

 プロデュースは三菱地所と丸紅らしいが、この企画に札幌nativeの人はどれくらい関与したのだろうか?

 あくまで個人的な印象だが、もし東京の感覚でこの施設を運営して行ったら、やがて空きテナントがパラパラ出て、全体に低迷していく様な気がする。

 何だかんだ言っても「札幌はクルマ社会」、この施設の駐車場は車線が狭い裏参道側が入口で、広さも十分でない事から、一時的に流入してきた買い物客は、そう遠くないうちに郊外の大規模ショッピングセンターに戻る可能性が高いし、大丸進出以来、旧来の中心街=大通地区を地盤沈下させた駅前地区に比べると、色々な面で、中途半端さが目立つからだ。

 Maruyama_class

 ただ神宮や動物園、円山公園あたりを散策した時に、宮越屋珈琲本店以外に、スタバという選択肢が出来たのは、ちょっと嬉しいかも。

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双方向コミュニケーション

 少し前の事になるが、キャンプ中に投球練習をしていたダルビッシュが、携帯カメラで撮影していたファンに「集中できない」と発言して話題になった。

 普通に考えれば、携帯カメラのシャッター音やライトでプロの仕事を邪魔するのは良くないと思うのだが、これに対して「ファンあってのプロスポーツ」「携帯写真ごときで集中できないようじゃ今年は厳しい」などという発言があったらしい。

 確かにファンあってのプロスポーツというのは確かだが、ファンが選手より上位に居る訳じゃないし、明らかに仕事の邪魔になる行為を正当化するのはどうかと思う。せめてシャッター音をオフに出来るデジカメでストロボオフで撮るとか、練習中は写真を撮らないなどの配慮が必要じゃないかな(この件に関しては球団にも管理責任がありそうだけど)。

 最近色んな場面で感じる双方向コミュニケーションの欠落、自分の思いばかりを通し、相手の思いを受け止められない人が増えてる気がする。

 まあ自分も加齢と共に思考が硬直化して来てるから、偉そうな事は言えないけど(笑)。

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近くの凡医より遠くの名医?

私はグルメとは程遠い人間なのでよく分からないが、世の中には一日の客数を限定している為、数年先じゃないと予約が取れない飲食店があるそうだ。

 まあ儲け主義を排し、良心的な仕事を貫徹しようと思えば、そういう選択肢もあるのだろうが、それにしても凄い決断だ。

 そこでふと思い出したのが、最近良く聞く「有名ブランド病院での待ち時間の長さ」。そしてそれは「当日の待ち時間」ではなく、「予約受診までの待ち時間」だという。

 医者の側から見ると、受診まで何ヶ月も待つ事で手遅れになる疾患もあり得るし、取りあえず近くの病院で診察を受け、紹介状を書いて貰う方が良いと思うのだが、何もアクションを起こさず、じっと予約日を待ってる人も多いというから、心配だ。

 こうなる理由がよく分からないが、北海道の様に道内三大学の医局関係者が多く、誰がどこで何をやってるかが比較的分かり易い地域と異なり、全国から人材が集まり、必ずしも医局人事に縛られない首都圏では、患者さんのアクセス動態が大きく異なるのかもしれない。

 いずれにしても、悪性腫瘍が疑われるのに「初診まで3ヶ月!」みたいな話を聞くと、やっぱり唸ってしまう。

 取りあえず身近に相談しやすいDrが居れば良いと思うのだけど・・・。

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医療業界も厳しくなって行く・・・

最近会合などで「いかにして患者さんに来ていただくか」という台詞を聞く事が多くなった。医療崩壊進行中の地域で悪戦苦闘している自分には、なかなかイメージしにくいが、大都市部では既に過当競争になってる地域、専門領域がありそうだ。

 今朝の医局会でも「銀行との関係」という話がちょっと出たが、やはり自分たちの理想とする医療を継続していく為には、財務面でもキッチリ結果を出さなければならないのだろう。

 何だかしんどい話だけど、取りあえず「患者さんがそれなりに来てくれているうちは大丈夫」っていう事かな。

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兵を語る敗軍の将?

 異常な盛り上がりをみせたWBC決勝戦、私はちょうど外来中だったが、延長に入ると、患者さん達は「それどころじゃない!」とテレビの前から離れず、私も誰もいない診察室で漏れ入ってくる音声に聞き耳を立てていた(笑)。

 同点に追いつかれた時は「もうダメか!」と思ったが、イチローのタイムリーで突き放し、何とか勝利を得る事が出来た。

 多くのメディアが両者の健闘を称えていたが、一つだけ気になったのが、韓国チーム監督のコメント。

 曰く「イチローとは無理に勝負するな、歩かせても良いとサインを出したのに伝わらなかった」との事だが、そこまで全部含めて監督の責任じゃないだろうか。もし実際にその通りだったとしても、その選手を起用したのは自分だろうに。

 何だかこの一言、ちょっと悲しかったな。

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そろそろ年度末

 諸般の事情により家族が二手に分かれて生活する様になって3年が経つ。最初の2年は二男と一緒で兼業主夫(笑)だったが、二男が大学生になった昨春からは単身赴任体制である。

 仕事+家事でヘロヘロになった時には、単身生活に憧れたものだが、実際にそうなってみると、心身のバランスを取るのはかなり大変だ。

 何せ独りで居ると仕事以外で「~までに~しなくちゃならない」という事が殆ど無くなる。疲れが溜まったり、やる気が出ない時は、コンビニかほか弁で食事を済ませ、片付けもせず、ゴミ出しも適当、当然掃除や洗濯なんかも滞りがちとなる。

 同じ道内とはいえ、札幌まではJR特急で3時間ちょっと。ジェット機ではないが、空路がある位だから決して近いとは言えない。勿論新幹線があれば随分楽なんだろうけど、まだ計画段階で、実現するかどうかも不明だ。

 いつまでも若造気分で居た自分だけど、今春からは医師生活22年目に入る。実年齢も53才とすっかり下り坂、少し分をわきまえて、若い人たちの邪魔にならない様、地道に働く事にしたい。

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認知症診療は異端?

 これだけ患者さんが増えていて深刻な状況にある認知症だが、同業者の中には、認知症診療を異端視する人がまだ結構居るらしい。

 しかし実際に日々その現場に居ると、高次脳機能の評価を含む幅広い症候学の知識が必要だし、数年間携わった急性期脳卒中診療や旧国立療養所で沢山診せていただいた神経変性疾患の診療経験が、どれ程役立ってるか分からない(むしろそういう経験無しに認知症を診るのは危険ではないかとさえ思う)。

 確かに周辺症状に関しては、精神科医に適わないが、そういう部分は、しかるべきDrに教えを請う事にして何とかやっているし、血圧、血清脂質のmanagementは勿論、耐糖能異常に関しても、ある程度自分でやっていかなければならないだろう。

 今後減る事はなく、増える一方と言われる認知症、最近は「物忘れ」の新患が一日に数名来るのが普通になってきてるから、そろそろ対策を考えないとマズイかも。

 ちなみにVSRADはとうとう700件に達した。横浜のプレゼンもしっかり仕上げたいものだ。

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松村君が心配

 味のある笑いで個人的に好感を持っている松村邦洋氏が東京マラソンで倒れた。

 今もCCUに入院しているらしいが、心肺停止~AEDによる心拍再開~一旦意識回復~その後鎮静状態維持というのは、どう考えても厳しい状況だ。

 おっちょこちょいの私は「テレビ局の強引な企画の犠牲になったのか!?」と思ったが、彼は既にマラソン完走経験があり、企画は企画だが、必ずしも無謀とは言えない様だ(元横綱の曙はドクター・ストップで出場出来なかったし)。

 当初「命に別状はない」というコメントが流れたが、いくら急性冠症候群の治療が進んだとはいえ、心筋梗塞による心室細動は十分”致死的”であり、治療チームは今も懸命に治療を続けているに違いない。

 何とか元気になって、また面白いネタを疲労して欲しいなぁ。

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今朝の成田空港の貨物機事故

 テレビのニュース画面でリアルに観て「あぁ他人事じゃないなぁ」と感じた。

 ここ数年、限られた時間を割いて医学関係の学会・研究会に参加したり、自らのささやかな講演活動や私用で頻繁に飛行機を使っているのだが、着陸時には結構恐い目に遭っている。

 特に冬期の北海道は気象条件が厳しく、今まで何度か「今回着陸出来ない場合は羽田に戻ります」という経験をしているのだ。

 幸いその時は無事に降りた訳だが、決して大きいとは言えない機体に、今日の様な風を受けたら・・・と思うと正直背筋が寒くなる。

 以前関西在住のDrが「どこへ行くのも殆ど新幹線だから楽ですよ~」と語っていて、学習の機会、知識の習得に関しても地域格差がある事を知り、努めてあちこち顔を出す様になった私。

 でも事故に遭ったら元も子もない。まだ発展途上の印象が強いネット経由の勉強会をもっと利用すべきなのかもしれない。

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就職残酷物語?in 韓国

 たまたまお隣の韓国の雇用事情に関する番組を見ていたら、暗澹とした気持ちになった。いわゆる名門大学の学生が、インターンシップ、留学歴、取得資格、受賞歴といった物を獲得するのに躍起になってる姿には、同じ年頃の子供を持つ親として何とも言えない危うさを感じたからだ。

 韓国の雇用情勢は日本よりさらに悪い様だが、もし経営の安定した大企業に無事入ったとしてもそれで障害安泰という訳ではない。RPGゲームに例えて言えば、キラキラしたアイテムを沢山集めたとしても、それを自ら使いこなすスキルアップが出来なければ、やがて居場所を失ってしまうだろう。

 企業の方もそういう事ばかり学生に要求するのではなく、例えば新しいRPGゲームを与え、攻略本無しにラスボスを倒した学生を採用するとか(笑)、桃太郎電鉄あたりをトーナメントでやらせ、勝ち残った人間を採用するといった奇策を講じても良い様な気がする。

 よく人生を良く生きる為のマニュアルとか戦略という本を見かけるが、本当に問われるのは「整備された道をいかに効率よく歩くか」という事ではなく、「道無き道をどう突っ切るか」とか「自分ではどうにもならない人生の天変地異に遭遇した時どう行動するか」という事ではなかろうか。

 ま、若い頃何一つキラキラした物を持っていなかった私の僻みもかなり入ってるかもしれないけど(笑)。

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漫画すら読まない少年たち?

 チャンネルは忘れたが、時計代わりに点けてる朝のテレビで、少年漫画雑誌の50年を振り返るコーナーがあった。

 私の記憶に残っている最も古い「少年サンデー」は、週刊文春や週刊新潮みたいな綴じ方だったが、小学生になり、小遣いを握りしめて買いに行った「サンデー」や「マガジン」は、既に分厚くなっていた。

 まあ当時は「少年画報」とか「少年」という付録付きの月刊誌?もあり、こうした雑誌とプラモデル、駄菓子などから使い途を決めるのに、何日も悩んだ事など思い出した。

 もうかなり記憶が曖昧だが、サンデーで印象に残っているのは「伊賀の影丸」「おそ松くん」「オバケのQ太郎」「サブマリン707」「天才バカボン」そして最近テレビドラマ化された「銭ゲバ」なんかだし、マガジンは何と言っても「あしたのジョー」「巨人の星」の他、「エイトマン」(作者が拳銃不法所持で逮捕されたのはショックだった)「紫電改のタカ」「タイガーマスク」「ハリスの旋風」「丸出ダメ夫」あたりが浮かんでくる。

 もう一つ少年キングというのがあり、これは今調べてみると「少年画報」の売り上げ減に対抗するため少年画報社が出した週刊漫画雑誌らしく(初めて知った!)、個人的にはオリジナル「サイボーグ009」に強烈な印象を受けた他、「忍者部隊月光」「柔道一直線」あたりを憶えている。

 その後「少年ジャンプ」「少年チャンピオン」が加わり、少年漫画の黄金時代を迎えるのだが、私自身は徐々に漫画離れが進み、いわゆる大人向けのコミック雑誌を喫茶店で読み耽る学生時代まで、長いブランクを置く事になった。

 番組では、こうした少年漫画雑誌の売り上げの落ち込みが激しい原因として、少子化や若者の書籍離れを挙げていたが、私は決してそれだけでは無く、提供されるコンテンツのレベル低下(=優れた作家が育っていない事や、出版社による人気漫画の不定期化=引き延ばし)が大きいのではないかと思う。

 50代になって少年漫画というのもおかしい気がするが、もし良い作品であれば、それで育った我々の世代も楽しめる様な気がする。

 短いコーナーだったけど、その間に随分色んな事が思い出されて楽しかった。

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地上波<BSの時代、地デジの行方は?

 最近作りが粗いバラエティや一時的に盛り上がるが記憶に残らないドラマがメインの地上波が飽きられ、中高年を中心にBSデジタルを主に観る人が増えてるらしい。

 勿論私もその一人なのだが、NBA、プレミアリーグなどハイエンドのスポーツの他、ほぼ全ジャンルを網羅しているNHKは勿論、民放でも「吉田類の酒場放浪記」とか「坂口憲二、海から見たニッポン」「欧州鉄道の旅」「ヨーロッパ水紀行」など好きな番組は多い。

 まあ個人的に鉄道物、紀行物はストライクゾーンが広いし、何よりキャラの定まらない妙なタレントが出て来ない所が好ましい。また一応WOWOWにも入ってるから、映画もそれなりに楽しんでいる。

 今の地上波は、制作費削減がそのまま質の低下に繋がってる印象が強く、一部の深夜番組は非常に面白いのだが、いわゆるゴールデンタイム(一般には19~22時)に地上波を観る事は殆ど無い。

 部外者なので詳しい事は分からないが、その構造として広告費削減と視聴率維持という縛りの中で、現場の士気が低下、「安かろう悪かろう」番組を出さざるを得ない為、さらに視聴者離れに拍車をかけてる様に思う。

 こういう状況の中でも総務省は地デジを懸命に推進してるが、BSが充実したらそもそも地デジは要らない様な気がするんだけど・・・(BS開始の頃頃も離島など視聴困難地域へのの各種情報提供という謳い文句があった筈)。

 とうとう(電化製品の内需拡大政策として)アナログテレビを国が2万円で買い取るなんていう話まで出てきたけど、スポンサーと自社の利益ばかりを重視し、視聴者のニーズを置き忘れた地上波に未来はないんじゃないかなぁ。

 テレビよりYouTubeで色んなコンテンツを楽しんでる人も多いだろうしね。

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solo in Mondsee/Paul Bley ECM1786

 円高の関係?で最近続いたECMの価格崩壊に乗じて購入した一枚。ポール・ブレイのソロというと、ちょっと取っつきにくい印象があり、昔は襟を正して聴く感じだったが、本作は以前に比べて適度な甘さが感じられ、「聴き手に優しい」印象だ。

 勿論所々で座りの悪い不況和音が出てきたり、聞き慣れない人には違和感を感じさせる要素もあるのだろうが、私は十分リラックスしてこの音世界を楽しむ事が出来ている。

 普段はiPodだが、今日は当直明けで普段より少し早く帰宅し、仮眠して夕食。ミントティーを飲みながらオーディオセットで聴いてるせいか、部屋の空気がいつもと少し違う気がする(考え過ぎか?)。

 流して聴くも良く、仕事しながら聴くも良い本作、結構当たりじゃないかと思う。

 ちなみに他のブログでも触れられている様に、2007年発売なのに1786番というのはちょっと奇異な感じだが、2001年春の録音なので、何らかの理由でお蔵入りしていたのだろう。

 10代の頃から親しみ、聴き続けて来たECM、やはり死ぬまでお世話になるのは間違いないな(笑)。

Ecm1786

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喫煙について思うこと

 最近どっかのDrが「喫煙者はどんどん吸って早く死んで」という主旨の発言をしたという話を耳にした。真偽の程は分からないが、もし本当だとすると「軽率」としか言いようがないだろう。

 さて私は非喫煙者である。若い頃何度か吸ってみた事があるが、幸い依存にならずに済み、体に合わないと分かってからは、全く吸っていない。

 一旦喫煙を止めると、喫煙者が横を通っただけで、あまり愉快でない気分になる。特に「今喫煙所でタバコを吸ってきました」という人には、軽い敵意を感じる程だ。

 仕事柄タバコを他人に勧める事はないし、自分も吸わないから、個人的にはタバコが消えてしまっても何の不都合もない。

 しかし、だからといって法的な根拠もなく喫煙を制限するのはどうかと思う。最近、神奈川県が進めている「公共的施設における受動喫煙防止条例」(通称「屋内禁煙条例)が話題になっているが、法治国家である日本で、合法である喫煙行為を制限する以上、条例で押すのは行き過ぎの様な気がする。

 まあ国や自治体としては、タバコがもたらす税収は貴重であり、例えば札幌市の場合、タバコの売り上げ減少で税収が10億円も低下、最近昔に比べて除雪が行き届かないのはそのせいか?などと思ったりするから、喫煙に対する法的制限はまず無いから、その辺は微妙なのだろうが。

 ただ気になるのは、テレビのインタビューで「湯河原(神奈川県)の温泉旅館がもし禁煙になったら、熱海(静岡県)に行っちゃうよ~」と答えていた人が多かった事。きっと愛煙家にとっては、温泉にゆっくり浸かった後の一服は最高なんだろう。

 色々難しいものだなぁ。

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50年の想い~九州ブルトレ・ラストラン

 夕方のニュースで、唯一残っていた九州ブルートレイン「はやぶさ・富士」が東京駅から出て行くシーンが映った。

 物心付いてから憧れること50年、実際乗ったのはたった1回(しかも途中打ち切り)だったが、やはりEF66の甲高い汽笛を聞いたらハラハラと涙がこぼれ落ちた。

 私は転勤族の息子だったが、居住地域は神戸以東に限定されており、よく両親に「なぜ九州に親戚がいないんだ!」とからんだのを憶えている。ただ東京オリンピックに合わせて整備された東海道新幹線開通前は、個室寝台や食堂車を備えた「あさかぜ」「はやぶさ」「さくら」などは雲の上の存在だったと思う。

 まあブルトレに限らず、東北~北海道方面の夜行列車には様々な思い出があり、「はくつる」「ゆうづる」、「八甲田」「十和田」「津軽」「あけぼの」「北斗星」「カシオペア」などにお世話になった。

 物事には必ず始めと終わりがある。これだけ空路が整備された時代にあって、50年も走り続けられた事はむしろ嬉しく誇らしい事であり、心から「長い間ありがとう、ご苦労様」と言いたい。

 ※ちなみにブルトレ衰退の原因は、世の流れだけでなく、JRが分割されて経営至上主義になった事が大きいと思う。ひとたび定時運行から外れるともう通勤電車優先で「お荷物」扱い。昔からの「鉄」はヒトケタの列車番号は水戸黄門の印籠だと思ってるのだが、そんな物は一切通じない様だ。

 「これでは出張に使えないので、客離れが進んだ」とも言えるのだが、運行を継続させるためには新型客車の導入が必須であり、その対費用効果を考えたら、廃止という選択せざるを得なかったのだろう。 

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今日という日を予想して何とか乗ったA個室(2005年5月、発車前の熊本駅にて)

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疲れすぎて眠れない深夜、ふとテレビを点けたら

 またもNHK-BSで、「ブラインド・フェイス69年ハイドパーク」にぶち当たってしまった。

伝説のライブバンド「クリーム」を解散し、次の道を模索したクラプトンが結成したスーパーグループだったが、その活動は僅か1年余りで終了した。

 今回途中からとはいえ映像を初めて見たが、ストーンズの「アンダー・マイ・サム」をやっていたり、クラプトンがキーボード+ヴォーカルのスティービー・ウィンウッドの後方に立って演奏してたりで、内容は悪くないものの、覇気に乏しい印象を受けた。

 まあそれでも40年経っても十分楽しめたし、「プレゼンス・オブ・ザ・ロード」をしみじみ聴けば、やはり胸にジーンと来るのも確か。音楽は時空を超えて元ロック少年だったおぢさんを癒してくれる・・・。

 ちなみに彼らの一枚しかないアルバム、最初のジャケットは、痩せ気味の裸の少女が、飛行機を持って微笑んでるもので、これはもう思春期男子としては「買うに買えない」辛さがあった(笑)。

 またジミヘンの「エレクトリック・レディランド」はさらに敷居が高く、この2枚のアナログを入手したのは随分後だったと思う(確か両方ともジャケットデザインが変更されたが、私は中古でオリジナルの方を買った筈だ)。

 40年という歳月も過ぎてしまえばあっという間だ(笑)。

Blind

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世界わが心の旅アンコール

 最近地上波から遠ざかってるので、よくNHK-BSでこの番組を観る。今日は終日外来が炸裂し、18時半頃帰宅した後もボロ雑巾状態だったが、「ブエノスアイレス 放浪の果てに幸せはあるか」というタイトルに惹かれてしまった。

 まあブエノスアイレス=ピアソラという短絡的親近感と、思索が先行して行動が伴わない自分とは対極的な「ラテン的世界」への期待も大きかったのだろうが・・・。

 今回の旅人=宗教学者の植島啓司さんは名前しか知らなかったが、調べてみると随分ダイナミックな生き方をしてきた様だ。1947年生まれというから団塊世代、学生運動にのめり込みながらも東大を出てシカゴ大学に留学、帰国後は有名私大に勤務し、順調に教授となっている。著作も色々あるが55才で大学を辞職、その後フィールドを世界中に拡げて、放浪的研究生活(or研究的放浪生活)を送っているそうだ。

 サッカーやタンゴといった刹那的な快楽に生きる人が多いといわれるブエノスアイレスだが、精神分析が非常に盛んというのは意外。実際に植島氏も分析を受けたが、さすがに詳細な内容は放送されなかった。

 結局その後の展開はNHKの予定から大きく外れ、カジノの街までバスで移動したり、さらに最南端の街ウシュアイアから船で海に出たり(その先はチリ領らしい)、予想以上に楽しめる内容だった。

 途中流れた、おそらくTuck&patiiと思われる「Time After Time」も実にフィットしていて気分も上向き、 何となくホッとできる時間を過ごしている。

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宿命

 私の平日のオフは、ほぼ音楽、読書、ネット(医学関係の調べ物を含む)で占められている。勿論家事も必要なのだが、二男が去ってからは、ひどい手抜き状態と言えるだろう。

 基本的に乱読傾向であり、特に冬期は読書量が増えるのだが、ごく稀に「読まなきゃ良かった」と思う本もあったりする。

 今回読んでしまったのは「宿命~『よど号』亡命者たちの秘密工作」高沢皓司著(新潮文庫)。

Yodogo

 今を去ること39年、大阪万博開幕で浮かれていた日本全国を震撼させたハイジャック事件の全貌と犯人たちのその後を描いた渾身の一作だが、読了後に襲ってくる何とも言えない虚脱感、鬱々とした気分には、正直予想以上のものがあった。

 勿論受け止め方には個人差があるだろうし、単純に善悪という物差しを当てられる話ではないのだが、強大な権力に蹂躙される個人の存在の軽さ、あくまで「自分で選択した」という形で刷り込まれる「ブレイン・ウォッシング」の恐ろしさ、そしてそれらを統合した支配vs被支配というシステム・・・。

 ここに書かれているのは他国の話だが、どんな国家にもこうしたシステムがあり、そこから外れるものには、何らかの制裁が待っているに違いない。

 前回書いた「神」が精神分析を受けたくなる気持ちが何となく分かる様な気がする.。

 ※小さい頃からの刷り込みで、基本的に「本を捨てる事が出来ない」自分だが、この文庫本は、ゴミ箱に放り込んでしまった。巧妙な拉致、洗脳、おぞましい限りである。

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精神分析を受けに来た神の話

 今日Amazonから届いた一冊。予想通り大変面白く、帰宅後一気に読んでしまった。

 ベテラン精神科医である主人公の診察室を訪れた一人の患者(自称ガブリエル、愛称ゲーブ)、自らを「神」と称し、受診理由は「憂鬱を晴らすため」という。

 いかにもあやしい雰囲気で、主人公も最初は統合失調症や非定型精神障害という診断を考えるが・・・

 ネタバレになると困るのでこれ以上書くのは控えるが、ここで「神」が自らの職業を「建築技師」と書いていて、天地創造=全能ではないという見解を示しているのが面白い。

 自らが創造した人間が神の名において残虐行為を行う事を嘆き、貧困、病気、絶望に追いやられている人間の夥しさに絶望する神・・。

 全てを知る事が出来る故に悩み、苦しみ、人間の邪悪の蔓延にその存在まで脅かされている神の姿は痛々しいが「人間の生活をコントロールする事はないし、その必要はない」と断言する。

 著者は現役の精神科医であり、何となくその姿が主人公とダブるが、基本的に「神の加護を受けた」と自称するアメリカで、この様な著作を出すのは勇気が要ったのではないかと思う。

 興味ある方は是非一読を。

Bunseki_kami

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おぢさんのリアルな告知

 来る4月19日、横浜で開催される第68回日本医学放射線学会総会のランチョン・セミナーにて、ここ数年取り組んできた認知症の画像診断について口演する機会をいただきました。

 地方在住で、学問的には全く無名の私に、このような機会を与えてくださいました諸先生方、関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

Yokohama

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この週末は

 暴風雪波浪警報の中辛うじて飛んだANAで札幌へ。事前にトラベルミンを飲んでいたが、石狩湾側から丘珠へのアプローチ時には、さすがに気持ちが悪かった。

 頚動脈病変の研究会では、冠動脈病変同様、脳血管でもplaque破綻が脳梗塞に関与している可能性があると知り、治療や予防を考え直す良いきっかけを貰った。

 神経学会地方会では、1~2年前から急速に病態が分かってきた「卵巣奇形腫に合併する非ヘルペス性辺縁系脳炎(抗NMDA受容体脳症)の症例報告が複数あり、おそらくそうであっただろう重症脳炎を15年前と5年前に経験している私としては、非常に感慨深いものがあった。

 何せ痙攣が凄まじく続き、長期間呼吸循環管理(基本的にICU)が必要。生命予後は決して良いとは言えず、救命されても、機能予後は個人差が大きいので、主治医のストレスも想像以上なのだ。

 結局卵巣奇形腫全摘が奏功する様なので、今後は治療に関しても新たな展開が期待出来そうだ。

 今日は昼の空路で帰還。ちょうど水曜から遊びに来ていた二男と家族で良く行った蕎麦屋に寄り、函館名物「やきとり弁当」(なぜか豚肉だが)を土産に持たせて、駅まで送っていった。

 その後は疲れがドッと出て爆睡。さっき起きて自己流の明太子炒飯を食べてのんびりしている。

 そういえば昨日は北大の合格発表、地方会は北大医学部臨床講堂だったので、途中で受験生らしい若者を結構見かけた。

 1975年3月18日(当時は一期・二期だったので、北大入試は3/3~4)、文類の合格発表で、581番を見つけて大喜びしていた私。その後数奇な運命に押し流され、34年後にその近くを通るなんて想像もできなかったなぁ。

 それにしても「若い頃にもっともっと勉強しておけば良かった」と今さらの様に悔やまれる(笑)。

Hoheikyo

 今日の飛行は快適そのもの、ちょうど豊平峡ダムの上を通ったので、写真を撮ってみた。右端にダムの姿がくっきり見えるのは珍しい。

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あなたの人生あなたが主役?

 とか言われても、実際自分が立っている舞台には沢山の人が居る訳で、「俺が主役だ!」という実感を持てる人は(私も含めて)殆どいないだろう。

 そういう時、「主役じゃなきゃ絶対嫌!」と主張する人もいれば、「脇役も案外悪くないな」と思う人もいる訳で、大抵の人は年を経るうちに自分の立ち位置を悟り、それなりに生きていく様な気がする。

 勿論五十路を越えても「俺はこんな所に留まってる人間じゃない!」なんて力んでる人もたまに見かけるから、それぞれ違うんだろうけど・・。

 最近幼稚園や小学校の学芸会では、親のクレームを避ける為に主役を乱発する所が多いらしい。少子化の影響で親の思い入れが強過ぎるのだろうが、主役=◯、脇役=×という考えにはどうも合点がいかない。

 我が身を振り返ってみると、幼稚園以降主役とは全く無縁、脇役というより裏方として頑張る方が多かったから「黒子的生き方」が自分に合っていると思う。

 診療というフィールドにおいても、主役である患者さんやそのご家族の邪魔をしないよう、これからも「良き黒子」人生を歩んでいきたいものだ。

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二男来訪

 昨夜最終の特急で二男が遊びに来た。札幌市内で塾のバイトをしており、昨日の公立高校入試終了までは忙しかった様だ。

 しかし、途中人身事故の為大幅に遅れ、駅から自宅に着いた頃には、もう日付が変わっていた。

 今日新聞を見たら、70代の女性が線路内入り込み、貨物列車にはねられて亡くなったそうだが、最近道内JR線では頻繁にこうした事故が起きており、何となく「危機回避センサーの低下した人が増えたのかな?」と思ったりする。

 結局ファーストフードをつまみながら2時過ぎまで話し込み、私がベッドに入ったのはもう3時を過ぎていた。

 3年前から2年間苦労を共にした二男だが、すっかり大学生も板に付き、春からの専門課程も希望通りに行く様だから、親父としてはホッと一息という所かな。

 大学一年の秋に父を亡くした自分としては、取りあえず長生きしなくちゃなぁとしみじみ思う。

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音源の未来

 最近CDショップがどんどん減っている。たまに見かけても売れ筋商品と企画物の廉価盤しかなく、私が求める少々マニアックなレベルでさえネット販売頼みという状態だ。

 勿論そういう意味では書店も同じなのだろうが、「装丁」「インクの匂い」「ページをめくる楽しみ」など、内容以外の要素があり、書籍版iPodと言われる「電子ブックリーダー」の普及が伸び悩んでいる事から、書店の方がまだ生き残れそうな気がする。

 まあ一生懸命CDを買っても、オーディオセットで聴く暇は殆ど無く、さっさとリッピングしちゃうから、配信だけで済むのかもしれないが、やはりLPをターンテーブルに載せた様に、CDをトレイに載せ、余裕のあるアンプとスピーカーから流れてくる音楽を”身体で感じる”手段だけは残しておきたいと思う。

 中学~高校生の頃、レコード店は本当に憧れの場所だった。僅かな小遣いやバイト代を握りしめ、慎重に視聴し、悩み抜いて一枚を選ぶ楽しみ(苦しみ?)が、なぜか無性に懐かしい。

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Esquire (エスクァイア) 日本版が休刊!

 毎月読んでいた訳では無いが、特集の内容により年に何度か買っていた雑誌の一つなので、休刊(廃刊?)は寂しい。

 しかも今月号の特集は「もう一度学校へ行こう/社会人よ新しき”リベラルアーツ”を身に付けよう」というもの。「何でこんな御時世に!」という声があちこちから聞こえて来そうだが、こういう時代だからこそ、打算抜きに「知を満喫する」営みがあっても良いのではないかと思う。

 自らの過去を振り返ってみて思うのは、「若い頃の学びには、必ず何かゴールが設定されていた」という事、中学生には高校受験(今なら中学受験が普通かもしれない)、高校生には大学受験、大卒後は就職という感じで、進むのが普通で、本来リベラル・アーツを身に付けるべき大学1~2年(昔でいう一般教養課程)は、むしろモラトリアムの時期として機能していた学生が多かった気がする。

 まあ私は、全く違う領域の資格を取るため、20代半ばで予備校に通い別な大学を再受験、運良く合格出来た後も6年間の厳しい教育を受けてようやく仕事に就くことが出来た。

 卒業後もずっと忙しく、専門医を取ったり、働きながら何とか学位を取得したりしたが、「楽しむ」なんていう心境をチラッとでも味わえる気分になったのは、この一年位かもしれない。

 しかし学部時代を入れて27年間学んできた医学でようやくこのレベル。今回話題のリベラル・アーツという事になると、とても自信は無い。

 少し検索してみると、リベラル・アーツは自由七科と称され、その上に哲学が君臨するそうだ(だから全ての博士号に”philosophy”がついてるのだろう)。

 そして自由七科とは、文法、修辞学、弁証法(論理学)という三学と算術、天文、幾何、音楽の四科、今の時代には若干違和感も感じるが、やはりこうしたものが揃ってこその「教養」と言えそうだ。

 早速4月号をAmazonに注文したので、届いたら少し時間をかけて、読んでみたいと思う。

 さすがに今の生活を継続しながら「学校に行く」のを実現するのは困難だが、この年になって初めて理解できる事も多いだろうから、”知”のアンテナだけは錆び付かない様に手入れしていきたいものだ。

 それにしてもEsquire (エスクァイア) 日本版は22年続いたのか。ちょうど30才過ぎから読んできた訳だから、休刊の知らせは、まるで古い友人を失うようだ。

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機内持ち込み手荷物、そろそろ規制しては?

 小雨模様の羽田空港、日曜朝にしては、普段より人が多い感じがする。

 以前も書いたけど、最近本当に多いのがキャスター付きのバッグ。勿論小さいのは許容範囲だろうけど、明らかに規定を大きく超える大荷物を持ち込む人が非常に目立つ。

 モノレールや京急でも大きく場所を取り、空港内のエスカレーターでも追い越しが出来ない。さらに搭乗後「荷物が入らない」とトラブルになったりして、結構離陸が遅れたりする(しかもこういう人に限って搭乗口に来るのがギリギリ)。

 預けた手荷物が出てくる時間が惜しいというのも分からないではないが、そうでなくても滑走路の運用が厳しい羽田空港、定時運行に大きく影響する様な要因は厳しく規制してほしいものだ。

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