ビジネス

治療薬のマーケティングについて考えてみた

 先日、某製薬会社のマーケティング担当と話す機会があった。

 製薬会社は慈善事業をしている訳ではないから、商品を売って利益を出さなくてはならない。勿論それは正当な経済活動の範囲内であり、責められるものでは無いのだが、現場の感覚とは、少しギャップがある様に感じた。

 まず薬剤の増量に関してだが、薬剤の増量を嫌がる患者さんは意外に多い。それは「薬は毒と表裏一体」という考え方が一般的である事の他に、この国で何度も繰り返されてきた薬害(クロロキン、サリドマイド、キノホルム、ソリブシン、血液製剤など)の暗いイメージが投影している様に思う。

 よって薬剤の規則的増量プランに基づいてビジネスモデルを策定すると、思った様な伸びが得られず、プロモーション担当者の顔色が変わったりする様だ。

 また薬剤の増量に関しては、コストの問題も関係してくる。薬価に「3つ買ったら1つはタダ」みたいなは割引制度がないので、同じ薬剤で処方量が倍になったら、支払いも倍になる。勿論殆どの患者さんは、保険制度による自己負担分のみを支払う訳だが、それでも倍になると随分厳しいし、複数の疾病を抱えている患者さんがむしろ多数派という時代、家計に占める薬剤費の比率を上げるのは容易な事ではい。

 そしてあまり増量を勧めると医者の方にも負のイメージを抱かれてしまう。今は医薬分業の時代で院外処方が普通なので、病院の利益と処方の多寡は無関係なのだが、患者さんによっては「この医者は処方を増やして儲けようとしているのでは?」と思う事もあるだろう。
 その結果、受診中断~転医という事になり、元々出ていた処方もゼロになるのだ。

 経済理論に基づいた等比級数的増量計画、少なくとも医療の世界では馴染まない様な気がする。

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 夕方何気なくNHK-BSを観ていたら

 ニューヨークで小規模ビジネスを応援するネットサービスが取り上げられていた。

 仕掛け人は破綻したリーマン・ブラザースで働いていた東洋系米国人女性2人、移民だった親の苦労を間近に見ながら育った事もあり、金融バブル崩壊以後は、地域の小売業などに無料で登録してもらい、地域別に詳細な検索が出来る様なシステムを構築し、それを発展させようと頑張っている。

 ネットを通じた買い物というと、ついついAmazon的な大規模店舗をイメージしがちだが、例えば我々でも地元の専門店に関する情報を全く知らなかったりする訳で、検索→身近な店で買い物→地域経済の活性化という筋書きは確かに理に適っていると思う。

 番組(検索したら「ニューヨークウェーブ」)では、新規飲食店を出店する元同僚のサポートや、加入店舗のネットワーク化なども試みている様だが、こうした試みが上手く行く様なら、まだその地域の経済には希望が持てる様な気がする。

 以前やはりNHKの特集で、地域のドラッグストアやハンバーガーショップが淘汰され、「ウォルマートとスターバックスだけの街」が増えているという話があったから、上記の様なビジネスは、もし成功するとしても大都会限定かもしれない。

 失業率が10%に迫るアメリカだが、公的資金投入を受けた大企業では、泥棒に等しい高額賞与がまた復活しているそうだ。

 自分だけ儲かれば後は野となれ山となれという連中にはさっさと退場して欲しいが、こういう連中に限ってきっとしぶといんだろうな。

 とにかくこの危機を凌ぐには「創意と工夫」「開かれたネットワークとシェアの精神」といったあたりがキーワードになるのだろうが、政権交代後間もない日本には、多くを望めそうも無いのがちょっと悲しい。

 ギリギリまで解散を引っ張った麻生自民党の罪はそういう意味でも重い様だ。

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就活という茶番

 経済学部の学生だった30年前の今頃、自宅に分厚い冊子が届いた。それはまるで電話帳の様であり、製造業、流通業、金融業など業種別に仕切られ、企業情報、初任給、福利厚生、過去数年の採用実績などが詳細に載っていた。

 しかし、当時の就活は大らかなもので、ゼミの先輩が勧誘に来たり、部活の先輩に呼び出されて一緒に酒を飲んで話がまとまったなんて事も結構多かった様だ。

 最近は何だか凄い事になってて、自己分析・自己理解→業界・就職研究→業界・企業選択→志望動機形成→資料請求→説明会・セミナー参加+会社訪問→応募→採用試験→内々定・辞退→内定という流れが基本らしい。

 ただ多くの人事担当者は、数分面接しただけで「当たり」か「外れ」かを見抜くそうだし、こういう厳格な手順を踏んで入った筈の新入社員が、現場では酷評されたりしてるから、就活っていうのは「大いなる無駄」じゃないかと思ったりする。

 現在バリバリ働いてる人たちと話をすると「入社式まで何をする会社か知らなかった」とか「取りあえず人が居なくて困ってるようだから入った」なんていう事もあるみたいだから、本当は「やってみるまで分からない」っていう事なんだろう。

 まあ自分は就活も企業への就職もしなかったから偉そうな事は言えないが、やはり平均的優等生より、どこか凸凹してる若者の方に魅力を感じたりする。

 もし普通に就職していたら今頃どうしていただろう・・・。

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人件費はいつまで悪者にされるのか?

 今年の2月、ニューヨーク州バッファロー郊外でコルガンエア(コンチネンタル航空傘下)3407便が民家に墜落炎上する事故があった。

 乗客乗員49人全員が死亡した他、民家にいた人も巻き込まれ1名が死亡、消防士も含め4名が負傷している。

、 墜落機は国内でもトラブルがあったボンバルディア社製DHC-8-400(プロペラ機)で、ニュージャージー州ニューアーク空港からバファロー空港へ向かっていたが、目撃者によると急に失速して機首を下げ、そのまま墜落した様だ。

 最近の報道によると、米運輸安全委員会(NTSB)の公聴会で、同型機のテストパイロットが「事故原因は機長が失速時に取るべき対応を誤った操縦ミスである」との見解を示した他、同僚のパイロットは「劣悪な労働環境も大きな原因」と発言した。

 米国内のパイロットが置かれている状況は、我々の常識を大きく外れている様で、コルガン航空においても、同型機の失速時における訓練は充分に行われておらず、機長は過去の能力試験で何度も不合格になっていた。

 また同社だけでなく、殆どのパイロットが、低賃金、長時間労働で酷使されホテルに泊まる事余裕も無い状態。事故機の副操縦士もシアトルの実家から貨物便などに便乗して東海岸まで(片道4000キロ!)通勤した後、仮眠も取らずに操縦桿を握っていたそうだ。

 これもコストカット、利益優先というもはや定番の企業体質によるのだろうが、労働に対する著しい敬意の欠如は勿論、利用者の安全無視は最早犯罪レベルであり、理念を失い「金を得るための手段」でしかない企業には、厳しい法的措置を講ずる以外ないと思う。

 いつの頃からか企業の生命線が「株式市況」にシフトした結果、全ての企業がギャンブルの駒になってしまった気がする。とにかく見かけ上財務を良くし、沢山の掛け金(=投資)を獲得する企業が優良企業とされ、社会への貢献度や、企業の理念といった見えにくいものはどこかに放り出されてしまったのだろう。

 個人が尊重されない社会に未来はない。それは国民を安価な労働力として都合良く利用し、作為的な円安を背景に輸出で儲け「見かけ上の経済成長」を維持してきた日本も同じである。

 そういえば国内でもパイロットの大量退職で、運航に重大な支障を来した低運賃航空会社があったなぁ。怖い怖い。

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医療業界も厳しくなって行く・・・

最近会合などで「いかにして患者さんに来ていただくか」という台詞を聞く事が多くなった。医療崩壊進行中の地域で悪戦苦闘している自分には、なかなかイメージしにくいが、大都市部では既に過当競争になってる地域、専門領域がありそうだ。

 今朝の医局会でも「銀行との関係」という話がちょっと出たが、やはり自分たちの理想とする医療を継続していく為には、財務面でもキッチリ結果を出さなければならないのだろう。

 何だかしんどい話だけど、取りあえず「患者さんがそれなりに来てくれているうちは大丈夫」っていう事かな。

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就職残酷物語?in 韓国

 たまたまお隣の韓国の雇用事情に関する番組を見ていたら、暗澹とした気持ちになった。いわゆる名門大学の学生が、インターンシップ、留学歴、取得資格、受賞歴といった物を獲得するのに躍起になってる姿には、同じ年頃の子供を持つ親として何とも言えない危うさを感じたからだ。

 韓国の雇用情勢は日本よりさらに悪い様だが、もし経営の安定した大企業に無事入ったとしてもそれで障害安泰という訳ではない。RPGゲームに例えて言えば、キラキラしたアイテムを沢山集めたとしても、それを自ら使いこなすスキルアップが出来なければ、やがて居場所を失ってしまうだろう。

 企業の方もそういう事ばかり学生に要求するのではなく、例えば新しいRPGゲームを与え、攻略本無しにラスボスを倒した学生を採用するとか(笑)、桃太郎電鉄あたりをトーナメントでやらせ、勝ち残った人間を採用するといった奇策を講じても良い様な気がする。

 よく人生を良く生きる為のマニュアルとか戦略という本を見かけるが、本当に問われるのは「整備された道をいかに効率よく歩くか」という事ではなく、「道無き道をどう突っ切るか」とか「自分ではどうにもならない人生の天変地異に遭遇した時どう行動するか」という事ではなかろうか。

 ま、若い頃何一つキラキラした物を持っていなかった私の僻みもかなり入ってるかもしれないけど(笑)。

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ビジネスモデルなんか要らない

 久しぶりに内田ブログを開いて「大学はどうなるのか」という記事を興味深く読んだ。小泉・竹中時代に持てやはされた「株式会社立大学」の衰退と終焉に関する論評は、まさに医療にもそのままあてはまると思われた。

 曰く「大学は『こういう教育を行いたい』と強く念じる人によって創建されたのであり、大学を存続させるために『どういう教育プログラムを実施すればいいのか?』という問いを立てること自体、そもそも本末転倒なのである。」とあり、「大学を存続させる力は『世間がなんと言おうと、こういう教育を行いたい』とつよく念じるモラルの高い教職員たちのオーバーアチーブである。」と追加されている。

 また「教師というのは、『これまで誰もやったことのないすばらしい教育を行おう』というふうにはふつう考えない。現状に満足しているからではない。そうではなくて『むかしはうまくいっていたのに、いつのまにすっかり堕落してしまった“教育の黄金時代”にもう一度還らなければならない』と考えるのである。」と締めている。

 その他、そうやれば給料分の仕事はするだろうと考えた連中が、「教職員を脅し上げ、萎縮させ、従順にさせ、馴致させるか」ということばかり考えてきた事により「給料分以上の仕事をしていた人々」からフリーハンドを奪ってしまった取り返しのつかない事態を憂いている(引用は一部改変)とも書いてあるが、これはそのまま医療にもあてはまる。

 小泉・竹中時代の聖域無き財政改革(と言いながら天下り法人はしっかり残された?)により、医療機関の多くは疲弊し、医の理念より、施設の存続に多大なリソースを投入せざるを得なくなった。中にはうっかりビジネスマインドたっぷりのコンサルを入れて施設ごと崩壊してしまった所もあるが、要は日銭勘定に一喜一憂する状況で良質な医療を提供するのは到底不可能なのだ。

 内田流に言えば、我々もまた「基本的にこういう医療を実現したい」と望む者の一人である。メディアでもてはやされる様な「誰にも真似出来ない」医療ではなく、かつてそうであった様に、患者さんと互いに信頼関係を築きながら、それぞれの領域で、当たり前の医療を当たり前に提供出来る事を目指しているのだから。

 あちこちで破綻し始めた「ビジネスモデル万能主義(+市場原理主義)」、少なくとも教育や医療。福祉といった「人間」が介在する業種では、負の遺産を遺して消えてい行く事を望みたい。

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トヨタの赤字転落

 一時は利益2兆円とか騒がれてたけど、アメリカの金融バブルが弾けたら案外脆いものなんだなあと実感。

 何せ若者の車離れは著しいし、車検の度に車を換えるなんていうオジサン達もほぼ絶滅。そもそもガソリン代や税金負担が大きいし、保険だって自賠責+任意で相当な額になるから、今乗ってるクルマを買い換えるのはしばらく控えるのは当然だろう。

 そういえばトヨタの奥田相談役(前の経団連会長)が「マスコミの厚労省批判がけしからんからスポンサーを降りて制裁してやる」とか発言して顰蹙を買ってたけど、この暴言だけでなく、大量の派遣切りを平気で行い、もっと安い労働力を得るために移民を推進する様な人間がどうして「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の座長をやってるのか、全く理解不能である。

 個人的にはランクル80に12年乗って、良いイメージもあったのだが、その後乗ったトヨタ車はあまりにひどくて短期間で買い換えたし、最近はトヨタ車=単なる順列組合せ、レクサス買うなら欧州車の方が良いという印象しかない。

 どこかで「多国籍化した企業は日本から出て行ってしまうのでは?」と危惧する論評を見かけたけど、出て行きたいなら出て行けば良いんじゃない?というのは素人考えだろうか?
 いくらお金が沢山あっても、異文化の中でストレスフルな日々を延々と送る生活が幸せだとは思えないんだけどなぁ。

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鑑別器で見抜けない偽札は本物じゃないの?

 テレビでやっていたスーパーαなる偽百ドル札、特殊な方法で検出した僅か40ミクロンの違いが決め手になったそうだが、ここまで精巧な物を作れる技術を持っているのは、想定される某国ではなく、アメリカ本国ではないのだろうか?

 何ていう事を考えて検索したら「CIAが作っている」という噂がある事が判明。勿論その真偽は分からないが、何となく腑に落ちた様な気がする。

 先日ムンバイで起きたテロも、ヒンドゥー過激派と当局によるパキスタン牽制だったという分析もある様だし、古くはナチスドイツによる国会議事堂焼き討ちなんていうのもあった(ドイツ共産党はその犯人とされ潰された)。

 歴史の動きを全て陰謀から見るのは決して良い事ではないが、今なぜこのタイミングで偽百ドル札の話題が出てるのか、という点には注意が必要だと思う。

 もし今日本で鑑別不能の偽札が出回ったら・・・考えただけでゾッとする。

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「強欲資本主義・ウォール街の自爆/神谷秀樹」

 つい最近読んでみた一冊(文春新書)。大変わかりやすいのだが、内容は実に衝撃的、日頃我々が感じていた疑問や不安はまさに的中した様だ。

 本来脇役である筈の金融が肥大化し、社会の基盤である一次・二次産業を食い物にした結果、アメリカでは中産階級が著しく減少、株式も先物取引も、実体のない無い空売りに終始し、何でも債権化して売りさばいてしまえばあとは野となれ山となれという卑しい連中が富を独占していたのだ。勿論政府の連中も同じ穴の狢、国民をバカにするにも程があるが、それをそっくり真似してきた日本も、同様に惨憺たる状況なのだろう。

 彼らのやり口は、企業を買収し、取りあえずリストラを盛大にやってコストカット、その後その企業や従業員ががどうなろうが知った事ではなく、ただバランスシートを見かけ上改善し、利益は自分たちと株主でほぼ独占してしまう。

 要は寄生虫とか吸血鬼という類が、「勝ち組」と称してのさばっていた訳で、倫理なんていうものは全く無視されていたに違いない。

 幸か不幸かサブプライムローンに端を発して、こういうデタラメな構図は崩壊したが、アメリカの製造業はもはや回復不可能と言われているし、世界の工場と言われた中国もずさんな製品管理や、投資の冷え込みなどで先行きが危ぶまれている。

 今後日本がどうなっていくのか一国民として非常に不安だが、今日発表されたパナソニックによる三洋電機子会社化にあの「ゴールドマン・サックス」が絡んでる様じゃとても楽観できないなぁ。

Goyoku

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内定取り消しってどういう事?

 世界的な金融危機による株安、円高などの影響で国内企業の財務状況が悪化、とうとう新卒者の内定取り消しが出始めてるらしい。

 通常内定だけでは労働契約成立とは言えないそうだが、社会通念上こういう事を平然と行う企業というのはどうなんだろう。

 まあ苦しくなったら弱者(中高年層と内定者)を切り捨てて延命を図る様な企業に入らなくて正解だったのだろうが、就活を一生懸命やってきた当人には耐え難い事だろう。

 こういう時こそ「内定を出した以上我が社の社員、将来は保障できないが、一緒に汗を流して頑張って貰いたい!」という所があっても良さそうだが、そういう「プロジェクトX」みたいな企業はもはや絶滅したのかもしれない。

 短期間に空取引を繰り返し最終的に差益で決裁するカジノ的経済システムがしばらく続いたせいか、長期的展望や企業理念といったものが随分希薄になっているようだが、今こそ社会性という点からその理念を見直し、理不尽な要求をする株主を一喝する様な企業を期待したいが、所詮は「素人の戯言」なんだろう。

 いずれにせよ、人も組織も逆境の時こそ真価が問われる。今回内定取り消しを出した企業の行く末を何年か後に知りたいものだ。

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NHK プロフェッショナル仕事の流儀

 ついさっきまでNHKお得意の「仕事のプロ」番組が流れていた。今日はたまたま内視鏡治療で有名なDrだったので、何となく「ふーん、昔と違って随分と進歩したものだなあ」と流し気味に観ていたのだが、その後のニュースで「!」と思いついた事がある。

 それは「リーマンブラザースで年収一億円取っていた30才の元社員を出演させて欲しい」というものだが、そういう人はサッサと他の企業にヘッドハンティングされてるだろうし、手の内を見せる筈も無いから実現はまず無理だろう(笑)。

 ただ素人の感覚で言えば「30才で年収一億」は「仕事」というイメージではない。それはもうカジノで勝ち続ける孤高のディーラーみたいに思えるが、実際はどうなんだろう。

 多分日々凄まじい努力をし、心身を鍛え、身を削って得た合法的収入なのだから、文句を付けるつもりは毛頭ないが、もしその人の仕事ぶりが分かれば、それを通じて「金融依存型経済体制」の行く末を見通すヒントみたいなものが伝わる様な気がするのだ。

 先月開催された北京オリンピックで8個の金メダルを取った水泳選手が居たが、某新聞の見出しは「経済効果○○億円」というものだった。スポーツの祭典、平和の祭典の勝者でさえこういう賛辞で飾られる社会とは一体何なのか?その辺りをちょっと知りたいと思うのは私だけではあるまい。

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まずは小さな世界で一番になる?

 前々回高速フェリーについて書いたが、そういえば3年前に函館を起点としたコミューター便の運行を始めた会社があった。確か函館~帯広一日二往復とかいう設定だったと記憶しているが、そんなに需要があるとも思えないし採算取れるのかなぁ?と思ったものだ。

 自分も一度用事があって乗ったが、機体は小さいのに乗客はまばら、左右のバランスを取るためか、会社の人間が2~3人乗っていたのが印象に残っている。

 その会社の社長(女性)が出版した書籍のタイトルが上記で、我々には「?」なのだが、当時のメディアはまだ何の実績もないのに、随分持ち上げる様な記事を書いていたし、この社長もあちこちで女性の生き方などについて講演をしていた様だ。

 さて道内の空路は、どう考えても札幌が中心である(道内人口の半分以上が札幌圏に集中)。札幌は丘珠、千歳と2つの空港を持つが、道内便の多くは地下鉄駅までタクシーで10分程度の丘珠発着(丘珠発の道外便は無い)。

 就航しているのはJAL系のHACとANAの二系列で、両者合わせて丘珠~函館4~7往復、丘珠~釧路5往復、丘珠~中標津3往復、丘珠~女満別2往復、丘珠~稚内1往復という感じだが、曜日や季節によって減便となる(この他千歳~釧路3往復、千歳~稚内1往復)。

 札幌を経由しない便は、函館~旭川、函館~釧路、函館~奥尻くらいだが、旭川~釧路は廃止となったし、他のルートも採算に合わなければ消えていく事になろう。

 こうした状況の下、函館~帯広1日二往復という運航で採算が取れるとはとても考えられない。以前HACの現状をローカル番組で見たが、短時間で道内をクルクルと飛び、CAが掃除などの雑用をするなど経費もできるだけ切りつめて何とかやっている様子だった。

 という訳で函館~帯広便は当然の様に赤字が続き。そこでこの会社は何ともう一機機材を入れて、函館~千歳~帯広という経路を設定したが、やはり数字は出ず、HACが撤退した函館~女満別便を代行するも中止、沖縄に本拠を移してコミューター便をやったり、ANAが撤退した函館~仙台に不定期便を飛ばすもやはりダメ・・・。

 そしてこの頃この会社には函館市内の某企業から十億単位の融資がなされており、その焦げ付きからこの某企業が民事再生法を申請するという騒ぎになった。

 まあ言葉は悪いが、この話にお金を出した方も見通しが甘いというか何というか・・・。

 なおこの会社、瀕死の状態に見えながら、本拠を本州に移し、チャーター専用(20万円/時間)で運航しており、多少は利益が出ているらしい。

 結局地元としては、うまい話に騙された訳で、先日書いたフェリーの件も含め、人口30万人程度の都市が今後どうすれば生き延びて行けるのかをしみじみ考えさせられた。

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根強いパワーポイント批判

 2年前にも書いたのだが、またまたパワーポイント批判が盛んな様だ。前回はホリエモン、今回はトヨタの社長だが、そもそもパワーポイントを単なる装飾ツールとしか考えてないあたりが情け無い。

 繰り返しになるが、パワーポイントはプレゼンソフトである前にアウトラインプロセッサである。まあPC黎明期とは違い「アウトラインプロセッサ」という言葉自体使われなくなっているが、要は「文書のアウトラインを決め、階層的に細部を編集していくために用いられる文書作成ツールであり、ワープロとは機能が根本的に異なるのだ。

 今回の批判をまとめてコメントを付けてみるが

※普通にワードでまとめた方が良いものができる

 そもそも違う土俵のソフト、十分階層化された柔軟な脳を持っていない限り、ワードだけで複雑な資料を作るのは困難。多種多様な情報を取りあえず放り込んで階層化し、成形していくという点でパワーポイントの方が有利だろう。

※ゴテゴテとデコレーションを施して大した事もない情報を素晴らしいものであるかの様に粉飾している

 これはマイクロソフトのテンプレートが過剰装飾だから。シンプルなテンプレートを使えばすっきり見やすい物が出来るはず(そういう意味で自分は古いバージョン=2000を使い続けている)。

※昔は紙1枚にまとめていた

 相互にリンクした情報を同時に表示する様な場合、紙1枚ではどうにもならないのでは?と思うが・・・。

※操作が複雑で、資料を作ること自体に時間がかかる

 これは単純に慣れの問題、ただしマイクロソフトのインターフェイスにも問題がありそう。

※見た目は良いけど内容が薄くて見るに耐えないものもある

 これはソフトのせいではなく、作成した個人の問題。

※カラーインク代は年間数千万円

 なぜ印刷するのか理解できない。プロジェクタで提示して、各人がメモを取り、その場で要点を頭に叩き込めば良い話。印刷物があったら、プレゼンへの集中力は著しく低下し、居眠りも増えそうだ。

 という訳で、数世代前のパワーポイントを日常的に使っている者としては、取りあえず異議を唱えておきたい。

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たまたまテレビをつけたら

 日経提供の「ガイアの夜明け」をやっていた。今回の特集は「山一、拓銀破綻から10年」という事で、ごく一部とではあるが、社員、行員がその後辿った人生と現在について伝えていた。

 確か10年前の11月拓銀が破綻し、その一週間後くらいに山一が自主廃業、当時の社長が「社員は悪くありません。みんな我々経営陣の責任です」と号泣したシーンは印象的だった。破綻の理由は、バブル期に利回り保証で売りまくった株が後に莫大な負債となり、それをペーパーカンパニーに飛ばして隠蔽していたのが発覚した為だというから、やはり社員はある意味被害者と言えよう。

 紹介されていた元山一の社員は、しっかり会社と立ち上げて軌道に乗せている人とアルバイトをしながら起業を目指す人だったが、元拓銀マンの男性は、北洋銀行に移り実績を積んだ後、この夏の不祥事で経営破綻が危惧された石屋製菓(北海道土産の定番「白い恋人」の製造販売元)の立て直しを任されていた。

 同族会社にありがちな閉鎖性を打ち破るべく軽いフットワークで車内を回り、コンプライアンスの徹底を第一に様々な改革を進め、僅か三ヶ月で関連官庁からの許可も取り付け、製造ラインを再開させて発売に漕ぎつけたのだから、凄いものだ。

 まあその後に出てきた赤福や船場吉兆に比べると「白い恋人の偽装は大した事ないんじゃない?」という印象が追い風になったのもあるかもしれないが・・。

 いずれにせよ思ったのは「人間、苦しい時にその真価が問われる」という事と、トップダウンの組織より、オープンかつボトムアップ型組織の方が望ましいという事だが、それがなかなか実現しないのは、やはりビジネスの世界においても「継承=世襲」という図式からなかなか抜けられないからかもしれない。

 高校、最初の大学の同級生には、拓銀に就職した者も結構いる。破綻から10年後、皆どうしているのかな。

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経済について自分なりに色々考えてみた

 世の中には沢山の資産(現金、貴金属、不動産、債券など)を持ってるけど働けない(働きたくない)人たちがいる。そういう人たちは、普通に生活していると資産が目減りするので、何とかそうならない方法を考える。

 そしてその需要に応えるのが「資産運用ビジネス」だろう。顧客からお金を預かり、それを運用してお金を増やし、自分たちの手数料を引いて顧客に還元する。その運用は例えば株や債券、為替、不動産、先物取引などいわゆる「市場」を通して行われるが、そうそう上手くお金を増やせる保証はないから、80年代以降は取引に付きもののリスクを軽減する為に債券化という形で権利関係を見えにくくし、金融商品として売る方法が一般的になった。

 しかし、権利に関するありとあらゆる物が債券化された為に、経済はある意味「胴元のいないカジノ」状態となり、「市場の判断は常に正しく合理的」という教義が一人歩きしてしまったのではなかろうか。

 一時盛んに報道され、最近はその深刻さ故にあまり触れられなくなった「サブプライム・ローン」問題は、まさに打ち出の小槌がただの木槌に変わった象徴的なイベントであり、マネーゲームに明け暮れた時代の幕引きなのはないかと思える。

 まず低所得者層を甘い言葉で勧誘し住宅ローンを組ませる。最初は低い利率だが、途中で利率がアップし、支払いが滞ると家を没収し売却してローン分を補填する。こういう物を大きく束ねて債券化し、投資者から資産を集めていた訳だが、最初はアメリカの不動産がバブルだった事もあって話は上手く進んだものの、そのうち需給バランスが崩れて不動産価格が低迷~下降。顧客に利回りを保証していた投資銀行は軒並み赤字となり、金融市場の先行きには暗雲が立ちこめている。

 ただ私の様なド素人から見ると、こういう経済活動は「経済の焼き畑農業」みたいなものであり、いずれ破綻するのはむしろ当然の様に思うのだが、優秀な人材がひしめく経済界では、それに警鐘を鳴らす人はいなかったのだろうか?

 この問題の影響か、最近は原油先物市場に資金が流入し価格が高騰、日本人の生活にも大きな影響を与えているし、さらに美術品市場(いわゆるオークション)でもちょっとしたバブルになっているそうだから「カジノ的世界経済」は迷走しつつ破綻に向かっているのかもしれない。
 
 これだけ原油高なのにOPECが増産しない事を決めたのはつい昨日の事だが、これはむしろ「今増産したら原油先物市場のバブルが弾け、アメリカ経済が致命的打撃を受ける」という政治的判断によるものであり、取りあえず混乱を避ける措置ではないかと勘ぐってしまう。

 という訳で、マネーゲームに明け暮れる経済に未来が無い事は、おそらく確かだろう。月並みな言い方だが、やはり何かを「創り出す」過程を省略して利益を得続ける事など出来ないのだ。

 ふと80年代半ばの映画「ウォール・ストリート」でマイケル・ダグラス演ずる大富豪が「俺は創造も生産もしない、ただ所有するのみ」と語っていたシーンを思い出したが、今突きつけられているのは、まさにそういうあり方によって失われた沢山の物のツケ、言わば過去からの請求書なのかもしれない。

 良くも悪くも我々はそういう時代に生きている。取りあえず今日一日が平穏に終わりそうな事に感謝しつつ・・・。

 ※なおこの駄文を書くにあたってトップページからリンクを張っている「田中宇氏の国際ニュース解説」を参考にさせていただきました。

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素人が賭場に近づくもんじゃない?

 高度成長期の銀行員だった亡父は「働かない限りお金は入って来ない」と時々独り言の様に語っていたが、小学生だった私は「だって銀行に預ければ利息が付くジャン」と軽く考えていた。

 しかし今になって思えば、高度成長期の銀行でも資金の調達、運用は大変だったろうし、普段殆ど姿を見る事はなく。休日に夕食を共にするくらいがせいぜいだったから、父の仕事が相当厳しいのは容易に想像できた。

 まあ30代には順調に出世した父も40代に入って色々躓き、僅か46才で病死してしまう訳だが、多分父のおかげで私は極端な位「お金に臆病な」性格になったと思う。

 バブル期あたりから世間では株などの儲け話が多くなり、さらに規制緩和以降、高利回りの金融商品なども急激に増えてきた。そして「他人にお金を預けて増やして貰う」という私には想像もできない行動を取る人が急増し、様々な事件やトラブルが起きて来た様な気がする。

 幸か不幸か他人よりずっと遅く定職に就いた私は、バブル期には殆どスッカラカンだったので実害を受けなかったが、知人の中には高価な不動産を購入したものの結局資産価値が暴落して高額ローンだけが残り、大変な目に遭った人もいた様だ。

 最近も先物取引やマルチ商法など、高利回りを前提とした資金集めのトラブルがメディアを賑わわせているが、要は「大金を預かって増やし手数料を取るビジネス」など本来成立する方がおかしいのではなかろうか。

 そういう素人考えで色々分析を試みると、マーケット=賭場である事が分かる。賭場では全員が勝者という事は無く、必ず敗者(orカモ)がいる訳で、甘いCMで言葉巧みに高利の借金を勧めた消費者金融ブームでは、うっかり借りちゃった人たちが結構痛い目に遭っているし、アメリカ経済の根幹を揺るがすと言われるサブプライムローンにしても、本来持ち家など夢に近い低所得層に取りあえずローンを組ませ、払えなくなったら不動産を売却して精算させている(ローンを組んだ人は当然家も含め全てを失う)。

 しかしそういう不健全な経済システムは決して長続きしない。不動産バブルの崩壊によりサブプライムローンでの資金が回らなくなり投資銀行は赤字決算。行き場を失ったマネーが先物市場になだれ込んで、原油や金の価格が高騰している。

 こうして書いてきて思うのは、やはり「働かない限り金は増えない」という事だ。いくつになっても働けるうちは働き、それに見合った生活をすれば良いのだ。まあ「お前は定年の無い仕事だからそんな事が言えるんだろ!」と突っ込まれそうだが、最近は人材不足もあり、企業でも定年制の見直しが進んでいるし、その気になればやれる仕事も増えて行くに違いない。

 昔から博打は元手を沢山持ってる人が勝つ事になっている。うまい話に釣られてオケラにならない様、普段から足元を固めておくのが一番だろうな。

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タンス預金の不思議

 時々見かける「老夫婦宅が襲われ自宅金庫から現金3000万円が盗まれました」ニュースとかを見ると、どうしてそんな現金を自宅に置いておくのだろうと不思議になる。まあ当家には金目の物は殆どないので想像もつかないのだが、例えば一切利子が付かなかったとしても、貸金庫を借りたつもりでそれなりの金融機関に預ければ、貸金庫代(結構高いらしい)の分だけ得をするのではないだろうか?

 原理主義的資本主義と揶揄されるアメリカでは、すでに「人間がお金を動かすのではなく、お金が人間を動かす」状態になっているらしい。一例を挙げると、最初に巨額の使途未定金があると、まずそれが広告費となる。売るものはハンバーガーでもカフェラテでも何でも良いのだが、要はその広告によって消費を創出し商品を製造販売、後は出てきた利益を出資者(多くは株主や大金持ちだろう)が山分けし、次のプロジェクトへの投資に連動していく仕組みである。

 監督自らがジャンクフードを食べ続けて体を壊した「スーパーサイズミー」にも出ていた様に、徹底的にコストを落として製造したハンバーガーやチキンナゲット、コーラ多飲を習慣づける為のスーパーサイズ設定(後に廃止)などは主に貧困層を取り込む為の戦略だが、一旦そこに吸い込まれた人たちは、単に経済的収奪を受けるだけでなく健康的な生活すら維持できなくなってしまう。つまりそこでは人間すら「単に消費されるだけの存在」でしかない訳だ・・・。

 日本でも改革という名において既得権が破壊され、風通しが良くなった面もあるだろうが、米国流に寄りすぎると格差の問題がさらに拡大し、同様の現象が出てきかねない。そう考えるとメガバンクへの預金が増えて大量のキャッシュが投資に流れ込むより、タンス預金などによって広く分散している方がむしろ「お金の暴走」を抑制できるのかもしれない。

 全く意味不明な文章で申し訳ないが、少なくとも「人間が消費される」社会には決して住みたくない、言いたいのはその一点である。

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虚飾の膨張

 土曜の夜、出張先の横浜のホテルで何気なくテレビを見ていたら「ホリエモン~虚飾の膨張」という番組をやっていた。今は塀の中にいる彼だが、勢いがある頃の映像で「どうせビジネスをやるんだからもうかるものをやった方が良いんです」とか「コツコツなんてやってられねぇ~って感じですよね」といった発言があり、色々考えてしまった。

 さっき家に戻ってネットで検索してみたら彼の語録があちこちにあったので、ちょっと挙げてコメントしてみたい。
 
 >パワーポイントなんて時間の無駄、社員には禁止にさせたい。
  
 パワーポイントを単なるプレゼンテーション用ソフトだと思っている人が多いかもしれないが、実は分類としてはアウトライン・プロセッサに入る。パッと浮かんだアイディアを書き付けてツリー化したり、図表を挿入したりできるのは非常に助かるし、全体を俯瞰しながら細部を直す作業はワープロよりずっと楽だ。ビジネスの世界では無駄なのかもしれないが、少なくともパワーポイントが有用な業界は沢山あると思う。  

 >ていねいなメールは迷惑です。結論だけ書いてくれればいいのに。

 見ず知らずの人に用件だけ書いてくる方が不思議だし、そういう人の話に耳を傾けようとは思わないだろう。他人に対する敬意無しにコミュニケーションは成り立たないが、彼はそもそもコミュニケーションなんて眼中になかったのかもしれない。

 >終身雇用や年功序列という妄想に、みんな騙されてきたんです。それをプロデュースした人はすごいと思いますが。

 終身雇用や年功序列は決して悪い制度ではなく、そこに依存しどっぷり浸かってしまった事が問題だろう。他人を適正に評価するというのは想像以上に難しい。最近多くの企業が人事考課を見直し始めているが、以前の形態に戻る方向が多いという。

 >満員電車には幸せなイメージのカケラもない。みんなもっと会社の近くに住めばいいのに。

 これは同意できるが、地価の高い都心に住居を構えるのは無理だから、オフィスを郊外に移し、在宅勤務やフレックスタイムを大幅に増やす方が現実的だろう。まあそれには「六本木ヒルズに入っている企業だから信頼できる」というアホな発想を駆逐しなきゃダメだろうけど(笑)。
 
 >小さくても自分で運転する船を選ぶべき。自分でリスクコントロールできるほうが安全です。タイタニックだって沈んだでしょ

 確かに一理あるが、小さな船はちょっとした荒波を受けただけで転覆してしまう。最初は大きな船に乗り込んで航海術を習い、下積みを経験した方が後々役に立つだろうに。

 まだ他にも色々あるのだが、彼の根本的な誤りは「資本主義なんだから金が一番強い」という所にあると思う。そもそも資本主義というのは単に「資本の運動が基本となる体制+貨幣が社会を運動して利潤や剰余価値を生む社会システム」の総称であり、かつてはその根本に商品の生産が置かれていたのだから。

 結局彼は「新たな価値」を創り出す事はなかったし、既存のビジネスモデルを上手に応用しただけに過ぎない。株式時価総額=企業の価値と単純に思ってしまった所も短絡的だし今考えてみればAOL+タイム・ワーナー合併の時のAOLと良く似ている。おそらく本当のプロ達は全盛期の彼の実像をしっかり見抜いて上手に利用していたに違いない。

 ま、私もすっかり騙されていた方だから偉そうな事は言えないが、今になって思えば彼も気の毒な人だったのかもしれないな。

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